お早うございます。蕭です。
昨日、中華街に行きました。そこで中国っぽい店が一杯ある道を通っていたところ、急にあるかなり素敵な廟を目に留まりました。ちょっと好奇心がそそられたので、階段を上って関を入りました。そこでの管理人からその廟の歴史についてのパンフレットをもらって、家に帰った後読みました。今、そのパンフレットを簡単に要約してその廟について少し説明しようとします。
その廟は「関帝廟」と言われます。まず、廟に名がつけられた関帝についての話で始めましょう。関帝は昔の中国(三国時代)のある忠実で有名な将軍でました。闘争で敵軍に打ち負かされて処刑されてしまって、次の時代の人々に拝まれることになって、今までまだ人気がある神様(特に商人の間に)だようです。
パンフレットによると、関帝廟の起源はあまりはっきりではないですが、一八六二年ぐらい一人の中国人が関帝の木像を抱えて、現在の所にささやかな廟を建てた、とよく言われるそうです。時がたつにつれてこの廟を中華街(言い換えれば、横浜に住んでいる中国人のコミュニティ)のある中心とするようになりました。
この廟の歴史を通して日本近代歴史の一種の話もできると思います。なぜかと言うと、この廟は日本近代歴史の大きな出来事によって影響を受けたからです。横浜の開港と中国人の移民だけではなくて、関東大震災と一九四五年の大空襲で壊滅的な被害を与えたので、廟はそんなに大変な事件後でどうやって再建したかという話も面白いと思います。
中華街に行くと、ぜひこの廟へ寄ってください。
蕭さん、
返信削除とても面白いですね。 僕もその豪華ような廟を見ました。 コロンビア大学の先輩の同僚のEric Han氏は横浜にいる中国から移民したコミュニティにつれて論文を書いて、 その廟の歴史も話に出しました。 時間が有れば、ぜひ彼の論文を見たいですが。
アナトリ
アナトリさん、コメントありがとうございます。HanさんはMcKeown先生の学生でしょうか。その論文がもう書かれましたか。そうであれば、読みたいと思います。
返信削除1862年にはその廟がもうあったんですか。
返信削除驚きました。私はそこの前は何度か通ったことは
あったけど、何も知りませんでした。
豪華できれいですよね。